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2022.09.26

代表コラム

油外放浪記第167回 結局、SSは「店長産業」か?

当社のSSの7月実績がまとまりました(表1) 。

営業利益は3,000万円(8店合計)、前年より750万円増加しました。内訳を見ると、経費が2,000万円増加しましたが、燃料油粗利は350万円改善、油外粗利は2,400万円改善しました。

油外の重点商品は、車検、車販、レンタカーですが、ともにバランスよく伸びたと思います。特に減少傾向にあった車検が立ち直りつつあるようです。
店別に見てみましょう。

ゆっくりじっくり改善中の小田原東IC店

7月は、小田原東IC店が黒字となりました。
2021年1月に運営継承したSSです。半年やって累積赤字を解消できる見通しが立たなくなりました。

そこで同年7月、早々に店長を交代しました。以来、黒字と赤字を繰り返し、6勝6敗の1年間となりました。
もとより同時給油4台の小規模セルフ給油店です。地型が悪く、セールスルームも広くありません。
前面道路の通行量は多いので、周りの競合店はみんな威風堂々、立派な店構えです。比べると当店は、何とも貧相で目立ちません。しかも商圏内人口は少なく、得意のレンタカービジネスが成立しにくい立地です。

このハンディキャップを乗り越えるには、お客様一人ひとりをファンにし、積み上げていくしかないと考えました。
そこで、車販が得意なスタッフに店長を交代したわけです。
この7月は25台を販売しました(前年同月は5台)。経費は1年前とほぼ変わっていませんので、営業利益は▲130万円から49万円に改善しました。

車販のいいところは、生産性が高いだけでなく、車検やレンタカーに比べて季節に左右されにくいことです。店の販売力が安定すれば、業績も安定します。7月は当社第37期の期首ですが、黒字スタートしたことは朗報。今期は、「お荷物SS」の汚名を返上してほしいと望みます。

堀之内店の人事の失敗、その後

先月号で、堀之内店の店長人事に失敗したことを述べました。
整備主任として長く活躍してくれたO君を、マネジメント未経験にもかかわらず、超優良カーケアセルフ店をいきなり任せてしまいました。O君本人も責任感が強いあまり、頑張りすぎてしまいました。そして、体と心の限界を超えてしまったわけです。

自宅療養中の彼を見舞いに行きました。「病気くらいで解雇はしない。1年でも2年でも時間をかけていい、ゆっくり治してほしい」と話したところ、とても喜んでくれました。

そして、秋から本社至近の仲町台店に併設した指定整備工場で、リハビリがてら復帰することが決まりました。

堀之内店の実績を、改めて確認します(グラフ1)。

O君が店長に昇格したのは今年1月。5月まで頑張りましたが倒れ、6月は店長不在となりました。今にして思えば、数字の変化にもう少し敏感になっていればと悔やみます。
4月に彼は限界を超え始めていたのではないか。もしも5月初旬までに何らかのケアをしていれば、倒れる事態には至らなかったかもしれません。
さて、堀之内店には、店長を助け、監督・指示する「統括」がいます。新百合ヶ丘店の店長が兼任していましたが、このほど、彼を堀之内店の店長に異動しました。

新百合ヶ丘店の店長には、店次長を昇格させ、堀之内店の店長がその統括を兼任することとなりました。
そして私は、もう二度とこういう事態を起こさないと、心に誓います。

仲町台店と所沢店は、大人と子どもほど違う

先月号ではまた、所沢店が6月に当社トップの営業利益を出したことに触れました。
営業利益では、何と言っても仲町台店です。年間5,000万円を突破した最初の店であり、直近2年間は連続1億円超え。他の追随を寄せ付けない堂々たる収益力を誇ります。

それがあっぱれ、ダークホースの所沢店が、突如トップに躍り出たというわけです。
7月になると仲町台店が本領を発揮し、トップに返り咲きました(グラフ2)。

このグラフ2を見ると、両店の事業規模の差は2倍、大人と子どもほど違うことが分かります。
仲町台店は2,000万円を超えるコストをかけ、月間700~1,000万円の営業利益を上げる体力の持ち主です。

現店長が寒川店から異動してきたのは今年3月。新天地に慣れリーダーシップを発揮するようになるまで、多少の時間がかかるのはやむを得ません。その一瞬のスキをつかれ、6月、所沢店にしてやられた形です。

しかし所沢店の6月も、決して瞬間的・奇跡的な業績ではないのです。7月も引き続き、400万円近い営業利益を出し、前年の約3倍に改善しました。
着実に成長していると感じます。

中古車買取店の栄光と挫折

グラフ2で、仲町台店の6月と7月の経費を比べると、2,900万円から2,400万円に、500万円コストダウンしたことに気づきます。これには理由があります。

当社はかねてから、仲町台店の前面道路を挟んだ向かいで、中古車買取の専業店を運営していました。
ガリバーやアップルが近所にあったため、独立系の買取専門業者に教えを請い、2003年に開業しました。

当初は年間3,000万円以上の営業利益を上げ、赤字知らずのドル箱繁盛店でした(グラフ3)。

ところが潮目が変わります。
中古車買取の集客は、リアルな店舗から「一括査定サイト」に移りました。また、ビッグモーターなど大型中古車販売店は、AA(オートオークション)仕入れから直接買取にシフトしたため、競争も激化。

当店のような買取専門の小規模路面店は、急速に旗色が悪くなったのです。2010年の営業利益は3分の1まで激減しました。そこで店長は、コストカットすなわち、縮小均衡策を採ります。2015年は経費を44%カットし生き残りを図りました。しかし次第に、店の運営さえままならなくなり、粗利益を大きく失ってしまいます。

ならばと、2018年に積極投資、すなわち人件費や販促費を170%増大させました。しかし、利益は伸びません。
そして、再びコストカットに向かいます。
とうとう将来の見通しが立たなくなり、2020年11月、営業を断念し部門を解散。店長は本社に異動、他のスタッフも各店・各所に異動しました。

しかし店は残しました。大看板を掲示して20年間営業してきた店舗ですから、今も「車を売りたい」と来店するお客様はいらっしゃるのです。
仲町台店がそのコストをまかなっても採算は合うと判断し、仲町台店に店ごと吸収しました。

環境が変わると、中古車買取が蘇生した

すると何と、中古車買取店が息を吹き返したのです。鼻息荒く大活躍したのは、元専業店から仲町台店に異動してきたH君です。

実はH君、専業店勤務時代に様々な打開策を提言したのですが、縮小均衡を志向する店長と肌が合わず、冷や飯を食わされていました。
一方で、仲町台店はレンタカー、カーリース、自動車販売を日常茶飯事で行っており、その一環で車の買取・下取りにも柔軟に対応してきた店です。
「やってみなければ分からない。ならば、やってみよう」と考える同店店長に巡り合ったH君は、買取チームリーダーに任命され、そのポテンシャルを伸び伸びと発揮します。

予想外の成果が出ました(グラフ4)。
買取チームの月間営業利益は300万円以上となり、復活したのです。

降って沸いたような収益に、SSが油断した

結果論ですが、仲町台店は思わぬ「タナボタ」の収益源、すなわち中古車買取の店とH君を手に入れたわけです。年間3,800万円の利益が上積みされることとなりました(グラフ5)。

仲町台店の営業利益が2年連続で1億円を突破した原動力の一つとなったのです。 ところが第36期を見ると、買取チームの貢献で辛くも1億円に達することができたものの、 SS本来の稼ぎが低下したのが分かります。

これはいけません。SS本来の力で安定的に1億円を稼いでほしい。
・・・というわけで、今期(第37期/2022年7月~)、中古車買取店を再び独立させました。
先の500万円のコストダウンは、買取チームを分離させたことによります。ちなみに、今期の買取専業店の年間利益目標は、5,000万円です。

SSの業績を左右するのは、属人性か、仕組みか?

当社がSS業界に足を踏み入れた40年前、まだ若造だった私に対し、先輩諸氏から何度も言われた言葉を思い出します。
「増田君、君はマーケティングとかポテンシャリティだとか小賢しいことを言うけれども、結局、SSは店長次第だよ」と。

イキがってた私は反発を覚えたものです。「SSの属人性は、排すべきだ。仕組みで売れるSSを何とか作ってやるぞ」そう思い、ジタバタし、放浪を繰り返してきたわけです。

そして近ごろ、それがようやく完成形に近づいたかもしれないと自惚れていました。
まったくの自画自賛だと気付かされます。小田原東IC店しかり、堀之内店しかり、中古車買取店しかり、仲町台店しかり。

店長の異動に伴う激しい業績の浮沈を目の当たりにし、いくら「売れる仕組み」を作っても、それを生かすも殺すも、店長の人格とリーダーシップが不可欠です。
40年前の「金言」を身に染みて理解した次第です。

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