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増田信夫の油外放浪記  MIC社長増田信夫 第81回 恥ずかしながら<中古車買取専門部隊>のその後の顛末

「中古車買取ステーション」の頓挫

昨年来、当社の中古車買取専門店のスタッフをSSへ移して「SS +中古車買取」という新たな業態にチャレンジしたことを本稿で述べました。
毎度生き恥を晒すような「油外放浪記」ですが、今回は恥の上塗りと承知して記します。

12年前、かねてから念願の指定整備工場を持ちたいと考え、土地を借りました。
駅前交差点の角地に位置し、道路を挟んだ向かいには、当社本拠の仲町台SSが、さらに2km先には当社2号店の茅ヶ崎SSがあります。

車検はこの2店舗がバンバン獲りますので、指定整備工場は自ら販売活動をしません。ただ、通行量がそこそこある生活道路沿いなので、何もアピールしないのはもったいない。
ということで、整備工場事務所の2階に中古車買取カウンターを置き、建物の外観も「買取専門店」としました。

同一路線上にはガリバー、ラビット、アップルといった中古車買取チェーンがひしめいていますので、独立系の買取屋さんに教えを請い、スタッフを育成し、集客力を高めようと目立つ看板を設置しました。店長が優秀だったこともあり、この買取専門店はオープン以来、「赤字知らず」の優良店となりました。

しかしここ数年、来店客が徐々に減少し始め、当初、月間200台を数えていた新規来店台数は、ここ最近は50台前後にまで激減していたのです。
もう一つ問題が浮かび上がります。

買取スタッフたちは「整備工場の居候」の立場ですから、ずっと肩身の狭い思いをしてきました。査定する場所の確保や設備もままなりません。「もっと自由に伸び伸びやれば、業績も回復する」と店長も言います。
一方で、茅ヶ崎SSは、車検やレンタカーを強化したものの、客数と燃料油マージンの減少により、喘いでいました。

こうした状況を打開するべく昨年7月、思い切って茅ヶ崎SSを買取スタッフたちに任せることにしたわけです。
これが「SS +中古車買取」業態が誕生した経緯です。

当初はSS業務に不慣れな店長とスタッフたちにより、ドタバタしましたが、それも数カ月で落ち着きました。いよいよ買取業務を本格稼働させようかと考え、昨年12月、通行車両に向けてタテ2m ×ヨコ9m の大型LED看板を設置しました。

ものすごい迫力です。
「これで2015年はドル箱店になるに違いない」と思ったのもつかの間、大型LED看板が横浜市の条例に抵触すると指摘されました。わずか1日稼働しただけで撤去を余儀なくされたのです。

看板業者の確認ミスが原因とは言え、電源の落ちた真っ黒な大型看板は、経営者のアホづらが晒されているようで、しばらくの間、とても恥ずかしい思いをしました。
以上が、これまで本連載で述べてきた概略です。

その後の顛末について明かしたくない。
というか、本当はしらばっくれていたかった。でも今回、恥を忍んで公開します。

空き家にお客様が50人

昨年7月から誰もいなくなった買取専門店(整備工場の2階)ですが、看板類は「中古車買取」のまま放置していました。
放置していたのは、「SS +中古車買取」の新業態が軌道に乗るのを確認してからと思ったのと、一度に投資額が嵩むのを避けたかったからです。

看板があるので、その後もなお毎月50人ほどの来店があります。仕方なく、1階の整備工場の事務スタッフが応対し、向かいの仲町台SS へ連絡します。
そして「にわか買取査定士」が駆け付け、商談を進めたところ、毎月20台前後を成約しているではありませんか。

仲町台SSにとってはラッキーな追加収益です。
急遽、仲町台SSのスタッフに査定の研修を受けさせるなど、「泥縄式」の車買取ビジネスをしばらく行っていました。

一方で、茅ヶ崎SSの収益はほとんど変わりません。
SS業務が軌道に乗るまでのドタバタが収まった後も買取の集客はあまりなく、乾坤一擲の大型LED看板は頓挫し、粗利益はほとんど増えませんでした。

でも、買取専門スタッフや販促の費用は発生します。結果、毎月300万円以上の赤字が累積していました。もし買取スタッフを古巣に戻せば、茅ヶ崎SSの赤字は解消し、買取だけで200万円の営業利益を出せたはず。そんな思いがよぎります。

しかし、日本初の「中古車買取ステーション」と大見得を切った手前、わずか半年で白旗を上げるのは沽券にかかわる。
もう少し様子を見るとするか・・・。
とうとう我慢できなくなりました。「豹変するから君子なのだ」と勝手な理屈をつけ、今年2月、買取スタッフを元に戻しました。

ネットで勝負かリアルで勝負か?

冷静に考えてみました。
買取専門ショップの来客数が減少したのはなぜだろうと。
前面道路の通行車両は減っていません。ということは、いまだ十分な市場があるはずです。

「いやいや社長」と買取店の店長は言います。
「最近のお客さんはインターネットで買取店を決めるのです。
一括見積もりサイトにお客様が入力すると、イチ早く見積もりを出した店が勝つんです。ですから、店の立地や看板はあまり関係なくなりました」と。

ならば、われわれもインターネット集客へもっと力を入れるべきでしょうか。
当社はこの3年間、車検のネット販売を随分強化しました。
その結果、ネットから年間2000台の車検を獲得できるようになりました。そして分かりました。

インターネットの世界は、地元企業中心の車検でさえ想像以上にレッドオーシャン(競争の激しい分野・領域)だということを。競合の車検をいつも注視し、自らの商品力を見直して販促費をかけ続けなければ、所期の成果は得られません。

ネットによる中古車買取競争は、ライバルがガリバーやアップル、カーチスなどの全国規模の専業企業ばかりだけに、生き馬の目を抜く「激烈なビジネスの世界」が広がると聞きます。
のほほんとしたわれわれが迂闘にネット勝負を挑んでも、到底勝ち目はありません。みんなと同じことをやれば、激しい競争に巻き込まれ、くたびれるだけです。

やはり、戦うならリアル(現実)の世界、足元商圏、前面道路の通行車両しかありません。
現に、スタッフがいない店にもかかわらず看板だけで月50台も集客しています。
一般的な買取店の新規来店は毎月20台未満というではありませんか。

もしかしたらこの店の立地は買取ビジネスに向いているのかもしれません。
ともあれ「車を手放したい」と思った時、ネットで検索する人が多くなったのは事実でしょう。しかし、自分の生活圏でよく見掛ける店に直接相談してみようと思う人も一定数いるのは間違いありません。
そう思って、わが買取専門店を改めて見てみました。そしてびっくりしました。


客数の減少は店の劣化が原因だったのかも

開業から12年を経て、相当くたびれた店になってしまっているではありませんか。
スタッフ不在で半年間放置したせいもあるでしょう。ガラスは汚れ、ネオンやライトは切れ、看板やシートは破れ、無様に色褪せています。

考えれば、この12年間、一度も改装も塗り替えもしていません。
よくこれで、毎月50台もご来店いただいたものです。戦略・戦術以前の問題です。
店をしっかりメンテナンスすれば、もしかしたら毎月100人くらいは来店してくれる需要があるのではないか、そうすれば、茅ヶ崎SSで果たせなかった買取収益650万円が達成できるのではないか。

「青い鳥」を追いかけて茅ケ崎SSまで行ったけれども、実はわが庭先に「青い鳥」はいたのではないか。大号令をかけて組織を改編し、大型LED看板を掲げてほくそ笑んでいた自分が、まったく恥ずかしい。

中古車買取専門店は振り出しに

さっそく店を改装しました。
看板も照明も刷新しました。
茅ヶ崎SSでオシャカになった大型LED看板は、分割して半分を買取店の屋上に設置(写真1&2)し、残り半分は、さらに分割して各SSの店内広告サインにしました。

店や看板が新しくなると、査定依頼の来店件数も月70~80台へ上がってきました。そして、さすがは一騎当千の買取スタッフです。

茅ヶ崎SSでは塩漬けにされていましたが、元の店に戻った途端、水を得た魚のように活躍し始めます。


成約率は仲町台SSの臨時スしのタッフをはるかに凌ぎ、たった3人のスタッフで毎月600万円以上の粗利益を稼いでいます(表1)



経費は350万円ですから、茅ヶ崎SSで出してしまった赤字も、早晩解消してくれるでしょう。
結局は振り出しに戻ったというわけです。相も変わらぬ油外放浪ぶりでした。おそまつさま。

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